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2026.02 / わたしらしく生きる編

世界は全てつくりもの

指揮者のベンジャミン・ザンダーさんの講演を聴いたことがある。
彼が繰り返し繰り返し言っていたのが、「世界は全てつくりもの」なる言葉。

人は「事実」を自分のフィルターを通して見ている。
これが「解釈」。

例えば?
私はマンションで2部屋借りている。
一つは住まい用。もう一つは仕事用。
これは事実。

この「事実」に対して、どんな「解釈」があろうか?

「お金がもったいない」という解釈になれば、「広いところに引っ越して、一部屋にしたら?」という意見に。
「仕事モードに切り替えられていい」という解釈になれば、「いいいね、それ!」という意見になろう。

で、わたしの「解釈」は?

「なんて最高のロケーション!」という「解釈」。

だって、自宅用の部屋からは朝陽の光が射しこみ、仕事用の部屋からは夕陽という天体ショーを独り占め。
しかも富士山のシルエットがこれまた美しいのだ。

だから、「気に入っているのでしばしこの2部屋状態でいこう」という意見。

「事実」にどんな「解釈」を持ってきてもいいよね。

「解釈」は百花繚乱。
相手と違っているからこそ、面白い。
「あなたはそう考えるんだね」がいい。

これが「いい」「悪い」「正しい」「間違っている」といった、「解釈の源」にこだわると、めんどくさい人になる。

世界はすべてつくりもの。

「解釈の源」や「解釈」は、その人が今まで懸命に立って生きてきた時間の積み重ね。

人は本当にめんどくさい。
だから愛おしい、とも言えるのだろうな。

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